ワットアルンの大仏塔は、遠くから眺める姿と、間近で見る細部で印象が変わります。塔の高さやプラーンと呼ばれる建築様式、色鮮やかな陶磁器の装飾、神々の像に込められた意味を解説。形の理由を知ることで、現地での見学がもっと面白くなります。
1.ワットアルンの大仏塔とは|川辺の風景をつくるプラーン

対岸から見える塔は、寺院を構成する建物の一つ
チャオプラヤー川の向こうに、先端へ向かって細くなる大きな塔が見えます。その両側には小さな塔が並び、足元には寺院の屋根や木々が広がっています。バンコクの風景として親しまれる、ワットアルンの仏塔群です。
ワットアルンは、川の西岸、トンブリー側にある仏教寺院です。よく写真に登場する大仏塔のほかに、本堂や礼拝堂、僧侶の生活を支える建物もあります。大仏塔は、その境内の川に近い一画でひときわ目を引く建築です。
見学で注目したいのは、中央と周囲の塔がつくる輪郭、陶磁器の花模様、そして塔の各層に並ぶ像です。川越しに全景を眺め、境内ではこの三つを順に確かめると、短い見学でも大仏塔の特徴をつかめます。
「プラーン」は、上へ伸びる塔形の仏塔
この塔形は、タイ語で「プラーン(ปรางค์)」と呼ばれます。丸みのある釣鐘形の仏塔とは異なり、堂のような中央部分の上に、層を重ねた高い頂部を載せるのが特徴です。
その形の源流には、古代クメールの神殿建築があります。タイでは、こうした建築の形式を仏教の仏塔として受け継ぎ、独自に発展させてきました。ワットアルンの大仏塔は、アユタヤ時代のプラーンを踏まえた、ラタナコーシン時代の表現です。
ワットアルンで特徴的なのは、塔を載せる段状の土台である基壇(きだん)が大きく広がることです。その上へ細い頂部が伸び、表面を陶磁器の文様が覆います。クメールに源流を持つ塔形に、タイの職人たちが積み重ねた造形が加わっています。
2.大仏塔の高さは何メートル?|近年の調査では61.20m

基部から頂上まで61.20m、基部の周囲は228.50m
近年の調査で示された大仏塔の高さは、基部から頂上まで61.20mです。2024年9月、寺院の住職補佐・書記がタイ芸術局などとの調査を踏まえて説明し、2025年にタイがユネスコへ提出した資料にも同じ高さが記されています。
基部の周囲は228.50mと報告されています。これは土台を一周した長さで、塔の横幅ではありません。高さとともに、足元が大きく広がる建築であることを示す数字です。出典は2024年の寺院側の説明を伝える報道と、2025年のタイ側提出資料です。
旅行案内で見かける81m・82mとの違い
従来の寺院の英語案内には81m、タイ国政府観光庁の英語案内には82mという数値も見られます。これらは近年の調査結果とは異なる案内値です。この記事では、調査に基づいて示された61.20mを採用しています。
足元から見上げると、横へ張り出す基壇と、何層も重なる装飾が視界を埋めます。対岸では細い輪郭として見えていた塔が、境内では厚みのある巨大な建築として迫ってきます。
3.大仏塔の建築様式と構造|全体から細部へ見ていく

広い基壇から、上へ向かって絞られる輪郭
基壇から上へ目を移すと、段が重なるにつれて塔の幅が狭まっていきます。その先に、像を納めたくぼみのある部分が続き、さらに細かな段を重ねた頂部へとつながります。土台、像のある部分、頂部という順に分けると、複雑な輪郭を追いやすくなります。
各段には、花模様の装飾や、両腕を上げて建物を支えるような像が並んでいます。層と層の境目を像が縁取るため、装飾を目で追うだけでも、塔が段階的に立ち上がる構成を読み取れます。
各層の張り出しにも注目してみてください。像の頭上に水平の縁が続き、その上に次の段が載っています。彫像の列は、この段の境目を見つける目印にもなります。
中央の大仏塔、四隅の小仏塔、四方の堂
仏塔群の中心に大仏塔があり、その周囲の四隅には小仏塔が立っています。一方、東西南北の四方には、仏像などを祀る堂であるモンドップが配置されています。小仏塔は斜めの四隅、堂は四方という位置関係です。
川側からは、手前と奥の小仏塔や堂が重なって見えます。境内では少し斜めの位置から眺めると、中央の塔、小仏塔、その間にある堂を見分けやすくなります。正面と斜めからの見え方を比べると、平面の写真だけでは分かりにくい配置をつかめます。
なお、中央の大仏塔の上部にも、小さな塔状の頂部が付いています。境内の四隅に独立して立つ小仏塔とは位置が異なります。「周囲の四基」と「中央の塔そのものに付く小さな頂部」を見分けると、写真でも構造を捉えやすくなります。
ラーマ2世の構想をラーマ3世が引き継いだ建築
現在につながる大仏塔の拡張は、ラーマ2世の構想をラーマ3世が引き継いで進めたものです。ラーマ4世の時代にも寺院の整備が続きました。
建設の背景にあったのは、新しい王都ラタナコーシンにふさわしい重要な仏塔を整えるという考え方です。単に川辺の目印を高くしたのではなく、王都の仏教信仰を支える建築として造営されました。現在の形を見るうえでも、この役割は大切です。
4.大仏塔に込められた意味|須弥山と仏教の宇宙

中央の塔を、世界の中心にそびえる須弥山に重ねる
中央の大仏塔は、仏教の宇宙観における須弥山(しゅみせん)に重ねられています。須弥山は、伝統的な世界観の中で宇宙の中心にそびえる山です。
ここでいう宇宙観は、信仰の中で世界をどのように捉えたかを示すものです。中央へ向かって高くなる塔の構成を見ると、中心に大きな山を置く世界のイメージが、建築の姿と結びつきます。
タイ側のユネスコ提出資料では、四隅の小仏塔は須弥山の周囲にある四つの大陸を表すと説明されています。中央の塔だけでなく、周囲の小仏塔と一緒に見ることで、仏塔群が表す世界の広がりを想像できます。
神々や霊的な存在も、建築が表す世界の一部
塔に並ぶ神々や、鳥の姿を持つ存在、建物を支えるような像も、この世界を形づくる要素です。大仏塔では、配置と彫刻が別々に存在するのではなく、互いに結びついています。
たとえば、上部にはインドラ神を表す像があります。仏教では帝釈天として知られ、須弥山の頂にある忉利天(とうりてん)と結びつく神です。高い位置にこの神が置かれることで、塔の上部に天上の世界を重ねる見方が生まれます。
ワットアルンは仏教寺院ですが、その造形には、インドに由来する神々や物語も取り入れられています。像の名前を一つずつ覚える前に、「この塔には、山と、その周囲に広がる世界が表されている」と捉えると、全体を理解しやすくなります。
5.陶器・陶磁器の装飾|白い塔に近づくと見える色と形

煉瓦と漆喰の塔を彩る、陶磁器や貝殻
対岸から見る大仏塔には、白い塔という印象があります。ところが近づくと、その白い面を背景に、緑や黄、赤などの色が現れます。遠くからは一つにまとまっていた表面が、細かな文様へと変わる瞬間です。
塔の本体は煉瓦(れんが)と漆喰(しっくい)を主体としています。漆喰は、石灰を主原料とする壁などの仕上げ材です。その表面に、陶磁器、釉薬(うわぐすり)を掛けて焼いたタイル、貝殻などを組み合わせています。タイ芸術局の案内には、中国からもたらされた素材や、多彩な絵付けのベンジャロンの器も挙げられています。
「陶器の破片を貼った塔」と聞くと、平たい破片を思い浮かべるかもしれません。しかし、表面には曲面や厚みのある部材もあり、光を受ける角度によって小さな陰影が生まれます。色に加えて、素材の立体感を見るのも楽しみの一つです。
花と葉の文様は、小さな部材の組み合わせでできている

装飾の中で見つけやすいのは、花や葉の文様です。離れた場所からは一輪の花に見える部分も、近くで見ると、複数の部材が集まって輪郭をつくっていることが分かります。
一つの花を見つけたら、中心と花びら、周囲の葉を順に追ってみてください。次に隣の花と比べると、色や大きさ、部材の向きの違いが目に入ります。同じような文様が繰り返される中に、素材を組み合わせる工夫があります。
足元の一つの花から、塔全体を覆う模様へと視線を戻すと、小さな部材が巨大な建築の表情をつくっていることを実感できます。これが、大仏塔を近くで見る面白さです。
中国由来の素材が、タイの仏教建築の表現になる
大仏塔では、中国由来の陶磁器が、タイの仏教建築を彩る素材として生かされています。塔形や須弥山を表す配置と、器の色彩や絵付けが、一つの建築の中で出会っています。
器として作られたものが建築の文様になる点にも注目してみましょう。もとの形や絵付けを生かしながら、花や葉、繰り返す縁飾りへと組み替える。その見せ方に、装飾を手がけた職人の仕事が表れています。
今見える美しさを支える修復
屋外の装飾は、風雨や年月の影響を受けます。大仏塔では修復が繰り返され、2013~2017年にはタイ芸術局による大規模な修復事業も行われました。
塔の大きな形を守ることと、小さな装飾を受け継ぐこと。その両方が、修復の仕事です。今見える大仏塔の姿には、造営時の職人に加え、後の時代に修復を重ねた人々の仕事も残されています。
6.神々と塔を支える像|姿から見分ける彫刻の見どころ

大仏塔上部のインドラ神と、三つの頭を持つ象
中央の大仏塔の高い位置には、像を納めるために壁面をくぼませた龕(がん)が四方にあります。ここで探したいのが、象に乗るインドラ神です。乗り物のエラワンは、タイの造形では三つの頭を持つ象として表されます。
花模様が続く表面の中で、動物に乗る神は、見分ける目印になります。裸眼で細部が見えにくいときは、ズームで撮影した写真を後から拡大してみると、像の位置や形を確認しやすくなります。
高い場所の像を探すときも、まず足を止められる平らな場所を選びましょう。階段を移動しながら上を見続けるより、落ち着いて観察する方が細部を見つけやすくなります。
両腕を上げた像は、塔の層を縁取っている
視線を下へ移すと、ひざを曲げ、両腕を上げた像が列をなしています。前の章の装飾写真にも写っている、建築を担ぐ姿の「担ぎ手」です。像の腕と頭上の段の位置を見れば、塔を受け止める姿として作られていることが伝わります。
大仏塔には、神々や鬼神、猿など、さまざまな姿が取り入れられています。列になった像を一体ずつ見比べると、顔つきや冠、体の表現の違いが分かります。遠くから同じように見えていた像にも、種類の違いがあるのです。
見比べるときは、顔と冠、腕の角度を順に追うと違いを捉えやすくなります。さらに一歩下がると、一体ずつの像が水平の列となり、塔の段をぐるりと縁取っている様子を眺められます。
キンナラ・キンナリーなど、姿の異なる存在を探す
塔の周囲には、キンナラ・キンナリーと呼ばれる、人と鳥を組み合わせた姿の存在も表されています。像の顔だけでなく、胴体や足元まで見ると、鳥の特徴が組み込まれた姿を見分けやすくなります。
一体を見つけたら、近くにある別の姿とも見比べてみましょう。鳥の特徴を持つ存在のほか、塔には猿を思わせる顔の像もあります。名前と姿を一つずつ結びつけると、塔の表面を覆う彫刻が、意味を持つ登場人物として見えてきます。
小仏塔の白馬に乗る像と、本堂入口の大きな鬼
中央の大仏塔だけでなく、四隅の小仏塔にも像が置かれています。寺院の建築案内では、小仏塔の龕に、白馬に乗るプラ・パーイという風の神が紹介されています。中央の象に乗る神と、周囲の馬に乗る神を見比べると、塔ごとの違いが分かります。
また、ワットアルンで有名な、白と緑の大きな鬼の立像は、本堂入口にある別の像です。大仏塔の層に並ぶ担ぎ手とは、場所も姿も異なります。「ワットアルンの鬼」という言葉で一括りにせず、どの建物の、どの位置にいる像なのかを確かめてみてください。
7.大仏塔の階段は登れる?|公開範囲と見学の注意点

階段・テラスは、現地で開放されている範囲を見学する
大仏塔には、外側の基壇やテラスへ続く階段があり、ASEANの観光案内でも、途中まで上がる見学が紹介されています。見学の中心となるのは、この公開された階段とテラスです。
見学は、現地で開放されている階段とテラスの範囲で行ってください。上層へ続く階段が見えていても、柵や立入禁止の表示がある場所へは進めません。訪問時には、入口の案内と係員の指示で、その日の見学範囲を確認しましょう。
階段に上がらなくても、地上では陶磁器の花や担ぎ手の像を見つけられます。段差に不安がある場合は、地上から塔を見上げ、近くの小仏塔と見比べる巡り方でも楽しめます。
急な段差では、撮影より足元を優先する
大仏塔の階段は、急で幅の狭い部分があることで知られています。上がるときに平気でも、下りる際に高さを感じることがあります。歩きながらスマートフォンを操作せず、手すりがある場所では手を添え、一段ずつ進みましょう。
写真を撮るときは、階段の途中で長く立ち止まらず、通行を妨げない場所へ移動してから構図を決めます。足元が滑りやすいときや、段差に不安があるときは、無理に上がる必要はありません。
服装は寺院の規定に従い、肩や膝を覆うものを用意します。階段を歩く場合には、裾を踏まないか、足元が安定しているかも確かめておくと安心です。
彫刻や装飾を、撮影用の足場にしない
低い位置の装飾は、手が届くほど近くで見られることがあります。細部を撮ろうとして彫像へ寄り掛かったり、台座に乗ったりすると、作品を傷めるおそれがあります。
塔を背景に撮影するときは、通路と立ち入れる場所を確かめ、装飾から距離を取って構図を探しましょう。近づきすぎない方が、彫像と建物の関係まで写せることもあります。
8.大仏塔を楽しむ見方|全景・配置・装飾をつなげる

最初は離れて、中央と周囲の塔を一緒に見る
初めて訪れるなら、まず塔から距離のある場所で全景を眺め、次に境内で小仏塔や堂の位置を確かめ、最後に花模様や彫像へ近づく順番がおすすめです。途中までの見学でも、全景と細部の両方を一度ずつ見ておくと、大仏塔の印象が立体的になります。
正面からの姿を見た後に、斜めへ回ってみてください。重なっていた小仏塔が分かれ、中央の塔との距離が見えてきます。公開されている通路を使って、立つ位置を少し変えるだけでも、配置の見え方は変わります。
境内では、一つの花と一体の像から観察する
近くに来たら、見つけやすい花模様を一つ選び、どのような部材でできているかを見ます。次に、その近くにいる担ぎ手の像を一体選び、顔や腕、頭上の層との関係を追ってみてください。
すべての装飾を理解しようとしなくても、一つの花と一体の像を丁寧に見るだけで、塔の表面の見え方は変わります。その後に一歩下がると、同じような仕事が何層にもわたって続いていることに気づきます。
上部のインドラ神や、周囲の小仏塔も見つけられたら、最初に眺めた全景を思い出してみましょう。形、配置、彫刻がつながり、須弥山に重ねられた塔の世界を、具体的な姿として楽しめます。
| 見るもの | 現地で確かめたいポイント |
|---|---|
| 塔の全景 | 中央の大仏塔と四隅の小仏塔を、一緒に眺める。 |
| 基壇と各層 | 下から上へ絞られる輪郭と、各段を縁取る像を見る。 |
| 陶磁器の花模様 | 一つの花を選び、部材の形・色・組み合わせを追う。 |
| 神々や担ぎ手の像 | 顔だけでなく、乗り物や、建物のどの位置にいるかを見る。 |
大仏塔を見た後は、寺院のほかの建物にも目を向ける
大仏塔の魅力は、高さや華やかさだけではありません。古い建築形式を受け継いだ形、陶磁器を生かす工芸、仏教の世界観を表す配置が、一つの建物に重なっています。
見学を終えたら、本堂や礼拝堂など、境内の別の建物へも目を向けてみてください。塔とは異なる空間や仏像に触れることで、大仏塔を含む寺院全体の姿が見えてきます。境内全体の紹介は、ワットアルンの基本情報でも確認できます。
川の向こうからは、一つの輪郭として記憶に残る塔。足元では、小さな花や像を探す楽しみがある塔。その二つを結びつけて眺めることが、ワットアルンの大仏塔を味わう見方です。
参考資料

