世界遺産アユタヤの中でも最も有名な場所がこの『ワットマハタート』です。ワットマハタートといえば菩提樹の根に覆われた仏頭が有名な見所ですが、ワットマハタートの歴史的背景を知ることで、観光をより充実させてくれます。
ワットマハタートの基本情報

名称 | ワットマハタート(Wat Mahathat) |
住所 | Tha Wasukri Phra Nakhon Si Ayutthaya |
営業時間 ライトアップ | 8:00〜18:00(無休) 19:00〜21:00 |
拝観料 | 50バーツ |
ワットマハタートとはどんな遺跡?

バンコクから約75km、タイ旅行でトップクラスの観光地アユタヤにある遺跡『ワットマハタート』。
ワットマハタートには、
ワット=寺院
マハタート=ブッダの遺骨
という意味があり、アユタヤだけでなくバンコクやスコータイにもワットマハタートがあります。
世界遺産(文化遺産)のアユタヤで最も有名な場所
アユタヤにはアユタヤ王朝時代の遺跡群が数多く点在しており、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に『古都アユタヤ(Historic City of Ayutthaya)』として登録されております。
アユタヤ遺跡の数はとても多く約100箇所以上の遺跡がります。そんな数多くある遺跡のなかで最も有名なのがこの『ワットマハタート』です。
菩提樹の木の根で覆われた仏頭がとても有名で連日世界各国から多くの観光客が訪れています。
アユタヤ王朝時代の歴史的遺産
アユタヤはアユタヤ王朝が創建(1351年〜1767年)してからビルマ軍(現ミャンマー)に破壊されるまでの約400年の間に33代の王がアユタヤ王朝を築きました。
1765年から2年間、進攻してきた当時のビルマ軍(現ミャンマー)との泰緬戦争の末アユタヤ王朝は敗れ、歴史に幕を降ろしました。
敗れた際に徹底的な破壊を受け、それが今でも無残な姿で残されているのです。
ワットマハタートは、その戦争の悲劇、悲しみを後世に伝える役目を果たしているのです。

ワットマハタートは、アユタヤの歴史、戦争を後世に伝える大切な役割を担っているんですね。
ワットマハタートはいつできたの?
ワットマハタートがいつどのようにできたのかというのはわかっておらず、ワットマハタートができたと言われる説がいくつかあります。
ワットマハタート自体は14世紀後半に建てられて寺院です。
1369年にアユタヤ王朝『ラーメスアン王』が建てたという説や、1370年から約20年の年月をかけて3代目の『ボロムラーチャー1世』が仏舎利として最初に手掛けたという説などがあり、現在でも研究がすすめられています。
アユタヤの象徴『木の根で覆われた奇跡の仏頭』


ワットマハタート観光をスタート(入り口)して右に進んでいくとアユタヤの象徴『奇跡の仏頭』に出会います。
この大きな菩提樹の根に覆われた仏像は古都アユタヤを世界に知らしめることになった存在です。
アユタヤの象徴ともいわれるこの木の根に覆われている仏像は、戦争によって胴体から切り離され地面に落ちたものだといわれています。
その後、落ちたところにあった菩提樹の成長と共に根元に取り込まれ、いくつもの歳月を経て今の姿になったと言われております。
この仏像は長い年月を経て菩提樹とともに成長を続けてきましたが、上下左右どこに傾くこともなく、奇跡的にすっと水平に保たれており『神秘的な空間』独特の雰囲気があります。
仏像よりも高い位置にいてはいけない


仏像と写真を撮ることはもちろん可能ですが、ひとつ気をつけなければいけないことがあります。
それは『仏像よりも低いところに位置する』ということです。
仏像よりも自分の頭の位置が低く、座った姿勢で写真を撮ることがマナーとなっております。



今ではワットマハタートのシンボルでもある『神秘的な仏頭』よりも低い位置で写真を撮るのがマナーです。マナーはみんなで守るようにしましょう。
ビルマ軍(現ミャンマー)の進攻により破壊された大仏塔


写真はワットマハタートの中心部分ですが、手前に見えるいくつかの仏塔とその背後には大きな仏塔の土台があります。
背後にある仏塔は、アユタヤ時代の建築様式を残す大仏塔で高さ約50メートル、上部は黄金に輝く大仏塔が建っていましたが、ビルマ軍との戦争に敗れ徹底的な破壊や自然災害などで崩壊し、現在では土台を残すのみになっています。
別の角度からみると、大仏塔を背にした仏像に出会います。
仏像をよく見るとわかるように、体の部分で色が違うところがあるのですが、これは大昔の歴史を後世に伝えようと修復作業が進められているからです。
ワットマハタートには多くの仏像がありますが、そのほとんどの仏像には頭部がありません。


かつてのワットマハタートは中央の大きな仏塔を中心に小さな仏塔や回廊、礼拝堂が囲うようにしてあり、そこには頭部に金箔を貼られた多くの仏像が並んでいました。
しかし戦争敗れ、ビルマ軍によって仏像の首から上は切り落とされ、頭部のない仏像が並んでいるだけの姿になってしまいました。
なぜ仏像の頭部を切り落としたかというと、仏頭の金箔を略奪する目的や仏教を重んじる当時の人々の精神を壊すことが目的で頭部を切り落としたとされています。
仏教国のタイにおいて、この頭部のない仏像を残すということはとても複雑な思いがあるようです。ですが、この頭部のない仏像は当時の悲劇をそのままの形で残すことにより、後世の人々に戦争の悲劇を伝える役目をしているのです。



首から上のない仏像を残すのは、タイ人にとって辛いはず。戦争の悲劇を肌で感じることができます。
ワットマハタートの歴史を知ろう


名称 | チャオ・サーム・プラヤー国立博物館 (Chao Sam Phraya National Museum) |
住所 | Pratuchai Phra Nakhon Si Ayutthaya, 13000 |
営業時間 | 9:00〜16:00/月火祝休 |
入館料 | 150バーツ |
ワットマハタートは長い間放置されてきましたが、1956年に修復及び、発掘調査が行われ、地下から数多くの黄金や宝飾品などがでてきました。
その黄金や宝飾品は『チャオ・サン・プラヤー国立博物館』に展示されています。
チャオ・サン・プラヤー国立博物館はワットマハタートの近くにあり、ワットマハタートやワット・ラーチャブーラナから発掘された宝物が展示されています。
ワットマハタート観光のお願い
多くの観光客がワットマハタートに訪れていますが、そんな観光客のマナーについての問題があります。
観光客は比較的マナーが良い方が多いのですが中には、
・指定している場所から離れる
・仏塔や仏像の台に乗る
・頭のない仏像に自分の顔を当てはめて写真を撮る
など、マナーの良くない観光客もいるため、観光客のマナーに対しての注意書きもあるほどです。
外国人からみるとただの廃墟にしか見えない場所でも、タイ人やその場を信仰していた人たちにはとても大切な場所です。
観光する際は歴史を重んじた観光をお願いいたします。



様々な観光地で日本人のマナーが問題視されています。みんなでマナーを守り、世界遺産を後世に伝えていきましょう。
この記事のまとめ
いかがでしょうか。ここではワットマハタートの歴史や見るべきポイントなどに関して解説してきました。
ワットマハタートというのは、世界遺産のアユタヤにある遺跡跡であり、タイ人にとってとても大切な場所です。
歴史の悲劇を後世に伝えていく役目を果たしており我々日本人にとっても大切にすべき場所です。
有名な『菩提樹の根に覆われた仏頭』だけでなく、ワットマハタートに残っている全てのものが歴史を伝えてくれているので、ぜひタイの人々の歴史を感じながら観光していただければと思います。
何度もいいますが、ワットマハタートはとても大切な場所です。観光の際はくれぐれもマナーを守り節度のある観光を行いましょう。
この記事を最後まで読んでいただきありがとうございます。