ワットアルンの「アルン」は、タイ語で暁や夜明けを意味します。日本で「暁の寺」と呼ばれるのも、この名前から。寺名の由来やタークシン王の逸話、三島由紀夫の小説との関係を紹介し、朝と夕方で変わる楽しみ方もお伝えします。
ワットアルンと「暁の寺」は同じ寺院

「暁の寺」は、ワットアルンの名前を日本語で表した呼び名です。タイ語の「ワット(วัด)」は寺、「アルン(อรุณ)」は暁・夜明けという意味。英語ではTemple of Dawnと呼ばれます。
場所は、バンコクを流れるチャオプラヤー川の西岸、トンブリー側です。川辺にそびえる大仏塔が目印で、旅行案内の「暁の寺」も、地図の「Wat Arun」も同じ場所を指しています。
「アルン」は、太陽が出る前の空の明るさ
「アルン」は、パーリ語・サンスクリット語に由来する言葉です。タイ語では、太陽が昇る直前、空に白っぽい光や赤みを帯びた光が広がるころを指します。日本語の「暁」と同じように、太陽が地平線から顔を出す瞬間だけでなく、その前から始まる夜明けの時間です。
そのため、「暁の寺」を朝に眺めたいなら、日の出の時刻に着けばよいとは限りません。空が明るくなり始めるころから待つと、まだ暗い塔の輪郭や、光が変わっていく様子も楽しめます。
「ワット・チェーン」という呼び名もある
タイでは「ワット・チェーン(วัดแจ้ง)」という名前も使われています。「チェーン」も明るさや夜明けに関わる言葉で、ワットアルンの古い呼び名です。
たとえば、門の前に立つ大きなヤック像は「ヤック・ワット・チェーン」と呼ばれます。寺院について調べていてこの名前が出てきたら、ワットアルンのヤック像のことだと分かります。
ワットアルンが「暁の寺」と呼ばれる理由

寺名は、暁の神アルーナに由来する
ワットアルンの寺名は、ヒンドゥー教の暁の神アルーナに由来します。アルーナは、太陽神スーリヤの馬車を操る御者でもあります。太陽そのものを表す神と、その訪れを告げる夜明けの神は別の存在です。
夜が明け、続いて太陽が現れる。その順序を、太陽神に先立つ御者の姿に重ねると、アルーナが夜明けと結びつくことも想像しやすくなります。「アルン」という言葉の意味だけでなく、背後にはインドの神話もあるのです。
仏教寺院にヒンドゥー教の神の名前が出てくるのは、不思議に感じるかもしれません。タイの仏教文化には、インド由来の神々や物語も取り入れられています。ワットアルンでも、大仏塔にインドラ神や、その乗り物である象の姿が見られます。名前だけでなく、装飾にもこうした関わりが残っています。

タークシン王が夜明けに着いたという逸話
もう一つ、名前の由来としてよく語られるのがタークシン王の話です。新しい都の場所を探して船でやってきた王が、この寺院に着いたころに夜が明けたため、「ワット・チェーン」と名づけたと伝えられています。
タークシン王は、アユタヤ王朝が滅びた後、川の西岸にトンブリー王朝の都を置いた王です。ワットアルンは王宮の敷地に組み込まれ、王都を代表する寺院となりました。
この逸話で出てくるのは「ワット・チェーン」という名前で、今の「ワットアルン」の名が与えられたのは、後のラーマ2世の時代です。王が着いた朝に、そのまま現在の寺名へ改められたという話ではありません。
「ワット・チェーン」の名は、王より前からあった?
実は、ワット・チェーンという名前には、夜明けの到着とは別の話も残っています。歴史家としても知られるダムロン親王は、アユタヤ王朝のナライ王時代にフランス人が作ったトンブリーの地図で、すでに「ワット・チェーン」の名を見たと述べています。
ナライ王の時代は17世紀で、タークシン王が都を置いた18世紀より前です。この指摘を踏まえると、「タークシン王が初めてチェーンと名づけた」とは言い切れません。古い地図についての記述と、王の夜明けの到着という伝承が、どちらも今に伝わっているのです。
アユタヤ時代から続く寺院で、名前も変わってきた

寺院の始まりは、タークシン王の時代より古いアユタヤ時代までさかのぼります。当初は、周辺のバン・マコークという土地の名前にちなみ、「ワット・マコーク」と呼ばれていました。
さらに、「ワット・マコーク・ノーク」という呼び名もありました。近くのバンコクヤイ運河の奥に別の寺院ができ、そちらを「マコーク・ナイ(内側)」、川に近いこちらを「マコーク・ノーク(外側)」と区別したためです。長い名前には、当時の川と運河から見た位置関係も残っています。
ラーマ2世の時代には寺院の修復が進められ、1820年に落成を祝う行事が行われました。このとき与えられた寺名が「ワット・アルン・ラーチャターラーム」です。その後、ラーマ4世の時代に、現在の「ワット・アルン・ラーチャワラーラーム」へ改められました。
正式名称の長い後半にも意味がある
現在の表記は「วัดอรุณราชวราราม ราชวรมหาวิหาร」。日本語で表すと「ワット・アルン・ラーチャワラーラーム・ラーチャウォラマハーウィハーン」となります。旅行で使う「ワットアルン」は、この名前を短くしたものです。
寺名の「ラーチャワラーラーム」は、王を意味する「ラーチャ」、優れたという意味の「ワラ」、寺院を意味する「アーラーム」が組み合わさった言葉です。暁という美しい呼び名に加え、王室と結びつく寺院であることも名前に含まれています。
一方、末尾の「ラーチャウォラマハーウィハーン」は、王室寺院の種類を表す言葉。長い名前のすべてが寺院固有の名前というわけではありません。現地の案内板で長い表記を見かけても、「アルン」の部分が分かれば、この寺院の名前だと読み取れます。
王宮との関係や歴代国王による整備など、名前の変化の背景はワットアルンの歴史で詳しく紹介しています。

三島由紀夫の小説『暁の寺』との関係

三島由紀夫の小説『暁の寺』に登場する寺院も、ワットアルンです。1970年に刊行された、四部作『豊饒の海』の第三巻にあたります。
三島自身も、連載前にタイを訪れている
三島は1967年9月25日から10月23日にかけて、妻とともにインド・タイ・ラオスを旅行しています。『暁の寺』の連載が始まったのは翌1968年9月。タイを訪ねた後に作品が発表されています。
作品を読むときは、三島が旅をした1960年代のタイにも思いを向けてみてください。作中の出来事はフィクションですが、当時の街や寺院を見た作家の目が、風景の描写に表れています。
作品では、塔だけでなく川面の色まで描かれる
寺院が描かれる場面では、塔の形だけでなく、空や川面の色にも目が向けられています。朝焼けの色と、川に映る塔が一緒に描かれ、やがて来る暑い一日の気配まで伝わります。今よく見かける夕焼けやライトアップの写真とは違う、夜明けのワットアルンの姿です。
物語では、主人公の本多がタイの王女と出会い、輪廻転生をめぐる思いを深めていきます。舞台はタイからインド、日本へと移り、寺院そのものの歴史を描いた小説ではありません。
文学に興味があるなら、訪問前後に寺院が描かれた場面を読んでみてください。仏塔だけを写すのではなく、川面の色や塔の映り込みまで眺めると、作品の中で描かれた景色とも比べられます。
「暁の寺」は朝に行くべき?朝と夕方の楽しみ方

朝焼けを見るなら対岸へ。境内の見学は開門後に
名前に合わせて、夜明けの景色を見たい人もいるでしょう。川の東岸、ワットポー側から眺めると、朝日は見る人の背後側から昇ります。寺院の向こうに朝日が昇る構図ではなく、朝の光を受ける仏塔を楽しむ眺めです。太陽の位置や光の当たり方は、季節と見る場所によって変わります。
気をつけたいのは、朝焼けの時間には、まだ境内を見学できないこと。通常の拝観時間は8:00〜18:00なので、日の出に合わせて出かけても、大仏塔のある有料エリアには入れません。
境内の装飾を近くで見たい人は、開門後の時間に合わせて向かいましょう。朝焼けも見たい場合は、対岸で眺めた後、朝食などを挟んでから寺院へ移る予定にすると、開門まで待ち続けずに済みます。拝観時間や料金は営業時間・拝観料の記事で紹介しています。
夕方は夕焼けからライトアップまで楽しめる
対岸から寺院の全体を眺めたいなら、夕方もおすすめです。寺院のある西側の空が夕焼けに染まり、暗くなると照明に照らされた仏塔が浮かび上がります。暁の寺という名前でも、朝だけにこだわる必要はありません。
朝と夕方の大きな違いは、光の方向です。朝は仏塔に当たる光、夕方は寺院の背後の空と、その後のライトアップを楽しめます。ただし、夕日がいつも大仏塔の真後ろに沈むわけではありません。
境内も見学するなら、午後に参拝してから夕方に対岸へ移る回り方ができます。閉門まで寺院にいると日没に間に合わない時期もあるため、川を渡る時間を残しておきましょう。点灯時間や観賞場所、帰り方はライトアップガイドにまとめています。

訪れる前に押さえておきたい見どころと行き方

川越しに目立つのは大仏塔の高さや形ですが、近くでは陶器の花模様や、塔を支えるように並ぶ像まで見られます。対岸で全体を眺めた人も、時間があれば境内で細部を見てみてください。
大仏塔のほかには、本堂や回廊、門のヤック像も見ておきたい場所です。ワットアルンの見どころと回り方では、境内マップでそれぞれの場所を紹介しています。

行き先を決めるときは、境内の見学なら西岸の寺院、川越しの景色なら東岸の観賞場所を目指しましょう。夜景を見るつもりで地図に「ワットアルン」とだけ入力すると、寺院側へ案内されてしまいます。対岸で眺める人は、利用する展望場所や店の名前で探してください。
MRTや船でのアクセスはワットアルンへの行き方、入場料や見学に必要な時間は営業時間・拝観料で確認できます。



